「自分のフィルター」を認識する

「物事をありのままに受け取る」ことができない人がほとんどです。が、無意識で生きているうちは、自分が無意識のうちに行ってしまっている「意味づけ」や「固定化された捉え方」を意識できることはほとんどありません。

例えば、「雨が降る」という現象に、良いも悪いも、正しいも間違いも、ポジティブもネガティブもありません。地球という惑星が生まれた当初から今まで、「雨が降る」という気象現象が時折起こるというだけの話です。

「雨が降る」という現象は単なる純粋な事実にすぎません。

ところが、雨が降ると、「ちぇっ、雨かよ。ついてないな」と思う人がいます。「雨が降ると気分が滅入る」という人もいる。

その理由は、「雨が降る」という現象に、「その人固有の何かしらの意味付け」をしてしまっているからです。

「今日はピクニックに行く予定で楽しみにしていたのに、雨が降っていけなくなってしまった」というのであれば、「ピクニックに行けなくなって残念」「ピクニックに行きたかった」という気持ちが本音です。

しかしその本音をしっかりと認識しないままに、「雨が降るなんてついていない」という、まったく飛躍した「自己否定型の思い込み」を強化する思考癖が、この人の中にあるということです。

それは「雨」の問題ではなく、この人の思考癖や自己否定癖の問題です。

また、人生のいずれかの段階で「雨の日」にまつわる嫌な経験をした人であれば、その際に味わった感情をしっかりと味わうことせずに抑圧していると、雨が降るたびに「抑圧している感情や心の痛み」が刺激され、憂鬱な気分になることでしょう。

これまた問題は「雨」にあるのではなく、自分の内面に抑圧されている感情や痛みがあることにあるのです。ですが、通常の意識状態ではそこまで認識することができないので、「雨の日は憂鬱」という結論に至っているだけです。

以下にその他の例を挙げていきます。

例1 被害妄想型フィルター

ずっと以前、香港人の友人がこんなことをいいました。

「うちの会社、香港支社を閉鎖するかもしれないって噂があるの。もし会社が「私を舐めるようなこと(香港支社閉鎖に伴うリストラという意味)」をしてきたら、私にも考えがある」

それを聞いた私は、「なんでそんな被害妄想に陥っている?」と思ったものです。

会社がなりゆきで「香港支社閉鎖する」という経営判断をするに至った理由はいろいろあるにせよ、それに伴うリストラがイコール「従業員を舐めている」という理論はあまりにも飛躍しすぎです。

けれど、被害妄想が強い人は「会社の事情による失職」をありのままに受け止めることができず、「会社が私を舐めている」という突飛な解釈をしてしまうのです。

例2 価値観の投影型フィルター

A男さんの貯金額は30万円です。

「A男さんの貯金は30万円」

これは事実です。

この事実にどういう意味付けをするかは、人によってまったく違います。というか、本来であれば、「意味づけ」などまったくしなくて良いのだけれど、無意識で生きていると無意識のうちに「意味づけ」をしてしまう。意味付けをしないと、物事をうまく理解できないと錯覚しているからです。

「30歳にもなって30万円しか貯金がない情けない人」と見る人もいれば、もしかしたらA男さんは「30万も貯金した俺ってすごい」と思っているかもしれない。

しかし最初から最後まで「A男さんの貯金は30万円」という事実は変わりません。どんな解釈があったとしても、それだけがただ揺るぎない事実として存在しているのです。

貯金30万円という事実に、「意味」などはもともとありません。良いも悪いも、正しいも間違いも、好ましいも好ましくないも、何もない。

そこに意味をつけたがるのが「エゴ」なんです。

例3 感情の投影型フィルター

最近私が関わったある猫は、生後2か月の時に両目の眼球摘出手術を受けたため、全盲です。

ですがこの猫は自分が全盲であることをまったく気にしている様子はなく、毎日家の中をパトロールし、奥さん猫と毛づくろいをしあい、ごはんの時にはおねだりをして、悠々自適に猫生を謳歌していました。

菊池体操の創始者である菊池和子さんは、やはり幼い頃に手をケガされて障害を抱えたそうです。しかし「物心ついた頃からその手だったので、気にしたことはなかった」と仰っていました。

障害を持つB子さんを見るC美さんは、「B子さんは障害がある、可哀そうに」と思うかもしれません。

けれどもそれはC美さんが自分の中にある「障害に対する感情的意味付け」を勝手にB子さんへ投影しているだけで、実際にはB子さんはまったく障害を気にしていないかもしれない。

C美さんがそのような解釈をするに至った背景には、「障害を持つ人は苦労が多いに違いない」とか、「障害がない方が幸せ(に違いない)」等、様々な偏った価値観が存在しているはずです。

人は無意識のうちに、「自分が物事をどう捉えているか」という固定化された観念(固定観念)を投影して世界を認識しています。

しかし、その認識世界=事実、ではないわけですよね。

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