「愛想を尽かされる」という経験が必要なわけ

当ブログの中でアクセス数が多い記事の中に「準備ができた人という表現の真意」があります。

皆さんご自身では「準備できてます!」って思っていらっしゃるんですよね。私自身もそうなので、お気持ちはよくわかる。

ですが現実問題として、準備ができている人はほとんどいらっしゃらないという事実があります。

人間が本当に腹の底から「変わりたい」と思うときとは、自分の問題が原因で一番失いたくないものを失った時ではないかと思います。というか、少なくとも私はそうでした。最初にそういう経験をしたのは、26歳の時でした。

人間の内面がパワフルに覚醒し、今まで自覚できなかったあらゆることを認識できるように意識がシフトしていくきっかけは、いつの時代も「喪失体験」なんです。

例えば、約束をドタキャンする癖がある人は、そもそもドタキャンすることを「悪いこと」とは思っていません。相手を人として尊重しておらず舐めていますが、本人にその自覚はないわけです。無意識でやっている

こういう人に、「信頼関係を築くことの大切さと大変さ」をいくら言葉で説いても響きません。なぜなら、本人はちっとも困っていないからです。

この人が自分の問題を直視して、相手を人として大切に扱える人間に変わりたいと思えるようになるきっかけは、ドタキャン癖が原因で「大切な何か」を失ったとき、つまり相手から「愛想を尽かされた」ときです。

それはパートナーかもしれないし、親や子供かもしれないし、はたまた仕事かもしれない。とにかく、自分の問題が原因で何かを失うこととなり喪失感に苛まれるという経験を経て、人は初めて自分の問題に取り組もうと思えるものです。

別の例を出せば、「子供に捨てられる親」が世の中には相当数います。いわゆる毒親は人間的に問題がありますから、子供が成長したあとに子供の方が耐えきれず、愛想を尽かして親と絶縁するというのはかなりよくあるケースです。

親には「自分に人間的問題がある」という自覚はありませんから、子供から縁を切られるということを経験することでしか目を覚ませない人が多いわけです。

ところが、そのような体験を経へすらなお、「楽な道」へ逃げようとする人が圧倒的に多いことを、私は今まで数々目撃してきました。

彼らは「自分は子供に捨てられた可哀そうな親」という新たな役割を身に着け、自己憐憫と世間の同情を引くことで自分の存在感を得ようとします。

そういう人の人生の末路は決して心楽しいものではありません。

表面的には物質や家族があったとしても、内面には抑圧された様々な重苦しい感情が渦巻いています。それが世代を継がれて家系に受け継がれているのを、多く目撃してきました。

今までの時代ではそれでもまだ通用していましたが、今の時代、流れは大きく変わっています

これ以上問題と向き合うことを先延ばしにはできないし、向き合えなかったときのツケはすべて自分に跳ね返ってきます。

私は「喪失体験」を通して自分の内面の問題と向き合って成長すると決めた方を応援しています。

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