イスラエル軍でボランティアすると決めたとき ー自分の生き方は自分で決めることー

私が自分について何か誇れることがあるとすれば、それは「決断力」と「行動力」です。

私は今まで、人生の重大な決断はすべて自分一人で下してきました。

「自分らしく生きる」とは、「自分が好きなように」「自分がやりたいように」生きて、その結果の責任をすべて自分で負っていく生き方のことです。

  • 10代でアメリカへ留学すると決めたこと
  • 20代で単身イスラエルへ渡ったこと
  • イスラエルに着いた後、軍でボランティアをすると決めたこと
  • オランダへ渡ると決めたこと
  • 香港へ渡ると決めたこと
  • この人と結婚すると決めたこと
  • この人と離婚すると決めたこと
  • 札幌へ引っ越すと決めたこと

誰かに意見を聞いたり相談したことはありましたが、最終的な決断はすべて自分で下してきました。

親に何かを相談したことは一度もありません。いつも「事後報告」です。

それは中学生のときに初めて新聞配達のバイトを始めたときからそうでした。

メンターが「AとBなら、Aの方がいいじゃないかな」と言ったときに強烈な違和感を覚え、「いやBだ」と、自分の直感を選んで決断したことも何度もあります。

先日もドラッグストアで「世界で一番売れたヘアカラーがあって、、、」とセールストークをされましたが、「世界で何番目に売れようと、私の髪に合うかどうかは私が決めます」と言って断りました。

「次に住むなら三重とか福岡とかがいいんじゃない?」と知人に言われ、「まったくピンと来ない」と答えたとき、延々と「いかにその二つの場所が人々に人気なのか、住みやすいのか」を聞かされましたが、「私は自分の内側から興味が湧いてこない場所には住まないんで」と言って黙らせたこともあります。

その人は「あなたって頑固ねー」と言っていましたが、日本の人は自分が無さすぎると私は感じます。他者に勧められたことをそのまま受け入れるのは、よほど自分の中に軸がない人だけです。

私は、自分の人生は自分で生きたいので、誰かや何かの言いなりになるのだけは本当に嫌な人なんです。

ちなみに、きっと皆さん興味があるであろう「イスラエル軍のボランティア」の件ですが、もともとキブツでボランティアをしていたときに出会ったオランダ人の女の子が、「イスラエル軍で外国人ボランティアを探しているよ」と教えてくれて、その瞬間「えっ、何それ面白そう!やる!」と、即決したものです。

若い頃から、私の行動指針と動機は常に「ワクワク」だったんです。日本で「ワクワク」という言葉が流行る20年以上も前の話ですよ。

それで数日後にはテル・アビブまで移動して、イスラエル軍の本拠地へ赴き、ボランティアをしたい旨を伝えて参加を決めたのでした。

こう書いてみると、なんだかすごいことをしていたんだなーと思いますけど、25歳当時は全く平気のへっちゃらでしたね。若さってすごい。

実際には軍の病院や療養施設で雑用係として住み込みで勤務していましたが、その間イスラエルの21~23歳の兵士たちと話を沢山することができ、私の人生でもっとも忘れがたい思い出となっています。


クライアントの中には、「社会のレールから外れるの怖い」と仰る方がかなりいらっしゃいますが、そういう方に対して私ができることは、ぶっちゃけ何もないんです。

「社会のレールから外れるのは怖いけど、レールに乗っかって生きるのはもっと嫌。私は自分で生きていきたいので、怖れを乗り越えられるようにサポートして欲しい」

というのなら、話は別です。

けれど、「社会のレールから外れたいのか、それともそうでないのか」、一体自分がどうしたいのかわからない、決められない、という人に対して、私はできることがないです。

「じゃぁ、決まったらまた来てください」

と言うしかない。

「社会のレールに従うなんて、バカらしいよ」と説得するのは、私の仕事ではありません。

所詮人は自分がしたいと選んだことしかしないと知っています。そして多くの人は、社会のレールから外れずに生きることを無意識のうちに選んでいます。

本人がそう選んでいるものを、変えられる力など誰にもありません。

自分の人生の決断は、常に自分一人で下すべきです。

そして行動に起こし、その結果の責任はすべて自分が負う。

それを繰り返すことでしか、決断力も行動力も培われません。

失敗するのが怖いと言う人は、自分が今まで失敗だらけで生きてきたことに気づいてない人です。

私たち人間は、生まれたばかりは誰一人して歩けません。ハイハイから始めて伝い歩きになり、何度も転んでバランス感覚を養い、ようやく歩けるようになる。

歩けるようになりたいけど転びたくはないというのなら、そもそも歩くことは諦めた方がいい。

でも世間を見渡せば、ハイハイで道を歩いている人などは一人もいないのだから、皆転ぶ段階を乗り越えて歩行をマスターしてきたのだろうと推測するわけです。

転びたくない、失敗したくないという人は、等身大の自分を受け入れられない、受け入れたくない人なんだろうと思います。

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