私が普段「男性と女性の差」として切実に感じていることがあります。
それは、「現実的な問題に対処したり大きな問題に向き合ったりするのは、男性よりも女性の方が得意」ということ。
男性は、現実的な問題に対処したり、大きな問題に向き合ったりすることが苦手な人が多いです。
もちろんすべての男性がそうであるとは限りません。
あくまでも傾向の話です。
そして私が観察した限り、それは「健全な男性性の欠如」に起因するものだと思われるのです。
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現代女性は実務処理能力が高い
例えば、「引っ越しの際の子供の学校の転校・転入の手続き」を行うみたいな案件は、圧倒的に女性の方が扱いに長けています。
女性は実務処理能力が高い。
他にも、
- 家の中の洗剤やトイレットペーパーを切らさないように補填する
- 掃除機の吸い込みが悪くなったので直す
- 水回りの修理を頼むために電話をかける
- 家族間の感情のわだかまりや気持ちのすれ違いを察知する
- 話合いの場を設けようと努める
- 近隣や大家などと必要な折衝を行う
など。
もっと大きな問題でいえば、遺産相続の実務処理やそれに絡む人間関係の整理や、年老いた親の世話や他家族との同居案件が持ち上がった際など。
多くのケースで女性が担っているように私は感じます。
人生の中でぶつかる諸問題に際し、女性はその都度向き合って何とか解決策を模索しようとするのに比べ、男性は向き合わずに「先送り」する傾向があるようです。
もっと簡単に言えば、女性の方が「しっかり」している。
現実的で、地に足がついている。
男性は、問題が持ち上がると趣味や友達と遊ぶことへ逃げたり、仕事へ逃げたり、どこか現実逃避的な人が多い。
実務処理能力の多くは、もともとは男性性が担うものです。
柔らかく曲線的な女性性エネルギーに比べ、実務処理に必要な力の多くは直線的で理論的です。
現代社会において、女性はそのような男性的な能力を身につけて磨き、今では男性よりもそれに長けてしまった感がある。
一方、どういう訳だか男性は女性化の一途をたどり、「頼りない」人が増えてしまった。
その昔、まだ日本に家父長制度があった頃、家庭内におけるこのような実務のほとんどは男性が担っていました。
家族は全面的に男性を頼っていたものです。
しかし現代では男女の役割が逆転してしまった。
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何が「直る」のを待つ男性
私の家族にもそういう人がいましたが、男性は自分にとって都合が悪い局面となると、黙り込んでやり過ごす人が多いですね。
「ダンマリを決め込んでやり過ごしていれば」、いずれ相手の機嫌や情勢が「改善する」と本気で思っているようです。
最初それを聞いたときには「ははは、まさか」と思いましたが、冗談ではなくて本当にそうなんです。
夏休みの宿題を先送りしている小学生と何ら変わりませんね。
しかし残念なことに、どれほど時間を置こうとも、問題が自動的に解決したり無くなったりすることはありません。
そして女性陣は「機嫌を損ねている」訳ではない。
彼女らとの間にある問題は、「一時的な喧嘩」などではない。
女性たちは真剣に「問題の解決を望んでいる」のだということを、理解できない現代男性が多すぎるんです。
その昔、家の中の男性に「問題」を話して頼めば、たいていのことは解決してもらえました。
修理が必要なものから煩雑な折衝問題まで。
「俺に任せておけ、お前たちは心配しなくていい」
そんな風に言って、家族を安心させるのが男性の役割でもありました。
でも現代ではそうではない。
女性が男性に「問題」の存在を知らせれば、男性は「ダンマリ」を決め込んで雲隠れしてしまいます。
そうやって、時間の経過とともに「問題」が沈静化するのを待っているのです。
女性は問題を放置できない
女性は男性とはまったく違います。
女性は根本的に「問題が解決」されなければ気分が変わらない生き物。
だからこそ、日々の実務を処理して回り、問題が持ち上がればそれを「解決する」方向で動きます。
女性は「問題を放置する」ことはできません。
なぜなら女性は「安心」したいから。
女性は「問題を放置したまま」生活なんてできません。
もしも「問題は解決できない」と判明した際には、何かしら根本的な処置を取って自分の中でケリをつけようとする人が多いです。
時間は何も解決しない
問題は真正面からそれに向き合うことでしか解決しません。
問題は先送りしても解決するどころか、後になればなるほど解決が難しくなります。
男性は「時が解決してくれる」と思う人が多いようです。
恐らく男性の間ではそうなのだと思います。
何か問題があったとしても、それに当たらず触らず放置してやり過ごしていれば、後になって「昔のこと」はキレイさっぱり水に流して、笑い合って新しく関係を復活できる。
でも、女性はそんなわけにはいきません。
女性にとって「問題」は、きちんと話し合って解決しない限り「水に流せ」たりはしないから。
問題に向き合わずに先送りし続け、人生の後半に入って人生が崩壊した人たちを何人も目撃してきました。
先送りにしているうちに問題が肥大化し人生の後半で自分に追いついてきた。
しかし、時すでに遅しというケースがままある。
体力も気力も減退した後では、問題解決能力すら残っていないのが実情です。
今から2年ほど前、オーストラリア人の男性が「世界的に、女性に比べて男性の方が発達や成長が遅れている」と私に言いました。
私も概ねそれに同意します。
女性は、経験から学べる人が多い。
生きる中で様々なデータを収集して解析し、知識や経験として自分の幸せのために役立てられる人が多いという意味。
一方男性は、経験から学ばない(学べない)人が多い。
怖れを乗り越える
健全な男性性の回復が急務であると、私は個人的に考えています。
そのためには、男性は自分の中にある怖れを直視できる強さが必要でしょう。
女性に比べ、男性は自分の感情の扱い方に不慣れな人が多いです。
女性はある程度自分の感情について把握することができます。
今感じているのが悲しみなのか、怖れなのか、それとも痛みなのか。
しかし男性の場合、自分の中に湧き上がる感情が一体何であるのか感知して言語化できる人が少ない。
ただ漠然と「怖い」と感じているけれども、「何に対して、なぜ」怖いと感じるのか、そこまで突き詰めて感情と向き合える強さがないんです。
しかし、怖れを乗り越えるためには感情をしっかりと感じ深く掘り下げる必要がある。
それができる人だけが、怖れを乗り越えて成長していくことができます。
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