私には、無条件に愛している人たちが3人います。
この記事では「無条件に誰かを愛すること」について、書いてみたいと思います。
海外にいる私の知人・友人の中には、「親から無条件に愛された」という人たちがチラホラいます。
自分の良い所やすごい所だけでなく、弱い所や情けない所、醜い所もすべてひっくるめて愛してもらったという人たち。
必要なときには叱られたけど、自分を否定されたことはない。
親から無条件に受け入れられていると体感しながら育ったという人たち。
だから、親の前ではいつも安心して自分自身でいられたという人たち。
でも残念ながら、私が育った家庭はそうではなく。
私は「無条件に愛される」ことがどんなことか知らないまま大人になりました。
そんな私は、大人になってからようやく、「無条件に自分を愛すること」を実体験を通して学んできました。
それと同時に、自分以外の誰かを「無条件に愛すること」がどういうことかも、学んできました。
目次
無条件に愛する相手
私はそれほどキャパが大きい方ではありません。
なので、すべての人を無条件に受け入れられるわけではない。
むしろ、他者との間に境界線はかなりきっちりと引く方だと思っています。
そんな中で、私が無条件に受け入れている、無条件に愛している人たちが、この地上に3人います。
相手のすべて、、、
素敵な所やカッコいい所だけではなく、弱い所や至らない所、カッコ悪い所、醜い所、欠点すらもすべて含めて。
「その人らしさ」として受け入れたいと思える相手。
2人は25年来の親友。
もう1人はパートナーです。
無条件に愛する条件
私が無条件に愛する相手には、条件があります。
無条件に愛する相手に条件があるって、、(笑)
じゃぁ無条件じゃないじゃん!と思うかも知れません。
でも、あるんです(笑)。
それは、その相手が私にとってどれくらい「大切な人」かということ。
つまり、その人のすべてを受け入れてでもこのご縁を繋いでいきたいと、私が心の底から思える相手かどうか。
そういうご縁を感じる相手と、私は50年の人生の中で、3人出会ったということです。
この数字を多いと見るか少ないと見るかは、人によって変わってくるでしょう。
ご縁の深さと強さ
今まで出会った大勢の人たちの中で、私が魂の絆を感じた人たちが、この3人。
3人に共通していることは、全員私と同じ種族であること。
持っているものが、3人とも同じなんです。
波動が同じ。
私はこの3人と共にあるときが、一番自分らしくいられる。
だから、私にとって彼らは、一生大切にしたい相手なんです。
私が感じている愛
私は、彼ら3人が素晴らしいから愛しているわけではありません。
もちろん、3人とも素晴らしいし、カッコいいなぁと惚れ惚れするところは沢山ある。
でも私が彼らに対して一番「愛」を感じるのは、彼らが一様にオーセンティックだから。
オーセンティックとは、「ありのまま」という意味。
私の親友は、自分の弱い所や醜い所を決して隠そうとしません。
欠点や凸凹のある自分をそのままさらけ出してくれる。
そういうことがある度に、Oh, I love you so much, Sarie と思うんです。
だからこそ、私も自分の弱さや醜さを受け入れることができる。
彼女を見ていると、ありのままの自分を愛していいんだ、と自然と思えるんです。
その人の弱い所やカッコ悪い所こそが愛しいと思える。
それが「愛」だと、私は思ってるんです。
3人の内一人は、英語ネイティブでありながら、acid という単語を正しく発音できません。
axid と発音してしまう。
最初は変だと思ったし、気になって仕方がありませんでした。
「直した方がいいんじゃ?」と思っていました。
でも、いつ頃からか「かわいいな」「あなたらしいな」と思うようになりました。
私自身が未熟だった頃は、許せないと思っていた相手の欠点や癖。
それを、「その人らしい」と温かい気持ちで受け入れたいと思えたら、それが「愛」。
相手は自分とは違う人間。
分かり合えないところは必ずある。
それを受け入れて相手を理解したい、共にありたいと思える。
それが「愛」。
自分自身を受け入れる
私たちは誰しも、自分を受け入れられている分しか、他者を受け入れることができません。
「自分のこんな所はダメだ!」
と思っているうちは、他者の「そういう所」も受け入れることができない。
それは道理です。
逆に、自分のどんな部分もジャッジせず、否定せず、優しく受け止めた上で、長い目で自分を養える人は、他者に対しても同様の器を持ちます。
機能不全からは離れる
幸いなことに、私が愛している3人には致命的な機能不全がありません。
致命的な機能不全とは、
- モラハラやDV
- ギャンブル、飲酒等の依存症
こういうことです。
機能不全の問題を持った人と、長い間親密な関係を維持することはほぼ不可能です。
自分に出る被害が甚大だからです。
愛は犠牲を必要としません。
機能不全がある人とは、必然的に距離を置く。
それは、自分を守るためには絶対に必要なことです。
クローズドの情報や個別セッションの割引情報などは 無料メルマガ 内でお知らせします。
© 当サイトの文章およびロゴや商標の著作権は当サイトが所有しています。許可なく無断転載することを固く禁じます。