「エゴ」とはなにか その1

「エゴ」とは何かを説明する方法はいくつもありますが、この記事では「所有」やそれにかかわる「利益」、そして「領土」ということと絡めて説明していきたいと思います。

話を分かりやすくするために、アメリカの原住民族、ネイティブ・アメリカンを例に出していきます。

本来人間に「所有」の概念はない

本来的な人間には、「所有」の概念はありません。ネイティブ・アメリカンの文化にも、「所有」という概念はないのです。

土地、森、山や湖などは、母なる地球(ガイヤ)が育むもの。農作物は父なる空と母なるガイヤが育むもの。鳥や動物や魚たち、草木、そして人間たちが、それを「シェア」している

という認識が共通してありました。

この認識において人間はなんら特権階級ではありません。動物を狩って食料としていただく際にも、命を落としてくれた動物へ対する感謝と尊敬の念を常に捧げていました。

動植物すべてが、地球という大きなものの共同生命体であるという認識 ワンネス がそこにあるのです。

「所有」の概念はエゴ特有のもの

ところが、「文明化した」人間たち(エゴ)がアメリカに入ったときに、「所有」という概念が持ち込まれました。

「ここからあそこまでは、オレの土地だ」

これが「所有」の概念です。

所有の概念には必ず利益や利権が絡んでいて、「この土地に生えている草木はオレのもの。そこから派生する利益もすべてオレに属する」。これが「所有権」なのです。

こうした発想は「エゴ」特有のものです。「お前とオレは他人」「オレのものはオレのもの」というワンネスの反対にある「分離」が元になっています。

「オレの土地」から原油が産出し企業が買いたいと申し出れば、利益はすべて「オレのもの」。だから、「所有権」がものすごく大事で、それを手に入れるためには殺し合いをすることすらも厭わないのが「エゴ」です。

ワンネスに「所有」の概念は必要ない

一方、ワンネスの境地に「所有権」の概念は存在しません

ある土地にリンゴの木があって、おいしいリンゴの実をつけるとなれば、それは地球を共有しているすべての命が「シェア」しているものです。

鹿も熊も、人もウサギも、食べたい者たち、食べる必要がある者たちが来て食べるのです。自分が食べきれない分まで持ち帰る者はいません。そんなことをする必要はないからです。自分が食べきれない分は売ってお金に変えようと発想するのが「エゴ」なのです。

領土問題はエゴの最たるもの

現代日本において、公園や土手に生えている草花を摘んだり、木の枝を折って持ち帰ったりすれば軽犯罪にあたります。山に生えている高山植物も同様です。必ず誰かの所有物であるのだから、それらを勝手に破損したり持ち帰ったりしたら、器物破損や窃盗となるのです。

こうしたことも、「所有権」があるから発生する事柄です。ネイティブ・アメリカンが聞けば理解できない理屈でしょう。

エゴの最たるものは「領土問題」で、ここからあそこはオレの国、オレの国の領土を「返せ!」などという紛争が起こります。そこに絡む利権を争ったり、軍事がらみの諸事情があるためです。

でも、もともとこの地球に「所有者」などは存在していません。この地球上にあるものは、すべての生きとし生けるものが「共有」しているものなのです。

シンプル・ライフへの回帰

北欧や北アメリカの一部では、今、昔のように自然と共存する生き方を模索する人たちが増えています。森に入り、森で採れる木の実やハーブやベリーを摘んで、それで冬越えをする人たちです。

自然が与えてくれる食料を動物や人間たちで分かち合い、誰が所有権を主張するでもなく、占有するでもなく、助け合いながら生きていく。

そんなシンプルな生き方への回帰はすでに始まっています。

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