今から8年くらい前に、父が言ったことを今でもよく覚えています。
「子供が3人と、この家。俺の人生、まずまずじゃないか、、、」
当時父は、少しずつ健康を損なって、寝たきりの生活へと向けて進んでいました。
団塊世代である彼にとって、「人生の可否」とは、目に見えて残せる「物」なわけです。
30代で土地を購入して店舗兼自宅を建て、子供3人の学費を払いながらローンを完済した。
それがイコール自分の人生の成績表というわけ。
父の世代は、「自分の幸せ」という尺度ではなく、「世間並」とか「人並」ということが人生の指針となっています。
「何か」を信心するのに「物質」を必要とする世代。
先祖や祖父母を悼むのに、「位牌」や「仏壇」が必要。
誰かの霊を悼むのに、写真すらも必要としない私とは、隔世の感があります。
だけど娘としては、家とか子供とか、位牌とか仏壇とか葬儀の話よりも。
父がどれだけ私たちを愛してくれたか、どれだけ私たちを誇りに思ってくれたか、私たちを愛することが父の誇りだったかについて、聞いてみたかった。
そういう話は照れ臭くてしない世代だと、知ってはいますが。
目次
どれくらい愛したか
愛だけを残せ 壊れない愛を
激流のような 時の中で
愛だけを残せ 名さえも残さず
命の証に
愛だけを残せ
中島みゆき「愛だけを残せ」
やはり8年くらい前に、ある本の中で読んだことが印象に残っています。
本のタイトルは記憶がさだかではなく、「双子の魂の話」て感じだったかと。
臨死体験をした著者が、一時的に意識が身体から離れて生死の境目を彷徨った折の経験が書かれていました。
身体を離れた著者は「天国の入り口」らしき場所に辿り着きます。
そこで門番?らしき人に地上での人生について質問される。
門番:どれくらい愛した?
著者:は?愛したか?ですか?
「この質問には面喰った」と書いてありました。
「天国の入り口」では、自分が地上で「何を成し遂げたか」とか「どれくらい人望があったか」とか「どんな実績を残したか」とか「どれくらい社会貢献したか」みたいなことは一切聞かれなかった、と。
ただ、「どれくらい愛したか」だけを聞かれた、と。
これを読んで、すごい衝撃を受けたことを覚えています。
「愛する」ことだけが人間を進化させる
ここで言う「愛した」とは、誰かのことを好きになって強く相手を求めた、ひどく相手のことを心配した、という意味ではありません。
そうではなく、自分と相手のすべてをありのままに受け容れて尊重し、自由を与え、その心の美しさを称え合ったか、という意味。
それが「本当の愛」だからです。
結局、人間の進化・拡大に必要なものは「愛する」ことだけであるということ。
愛ではないことを止める
そのために私たちができることは、まずは「愛でないことを止める」こと。
- 自分の利益のために他者を利用すること
- 子供を自分の思い通りにしようとすること
- 相手を支配・コントロールすること
- 相手の自由を奪うこと
- 相手の意志を尊重しないこと
これらは、まず「自分を愛す」ことを徹底することで乗り越えていけます。
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