自己否定型の人が多い日本

20数年に渡る海外生活を終えて日本へ戻り、驚いたことはいくつもあります。

少しずつ、「私が見る日本」について書いています。

今回は、「日本人の自己否定と自己嫌悪」について書きます。

自己否定・自己嫌悪する人が多い日本

日本人は、自己否定や自己嫌悪が強い人がとても多いと感じます。私自身、かつては自己否定の塊のような人で、長い時間をかけて自己愛を育み修正してきた経緯があります。

  • 自分なんて生きていて申し訳ない
  • 自分など大した存在ではない
  • 自分には身に余る、もったいない
  • 自分だけ恵まれていてごめんなさい
  • 自分は好きじゃない、だから人間も嫌い

挙げていけばキリがありませんが、とにかく自分を悪し様に言ったり、自分を貶めたりする発言の多さには率直に驚きます。

ご本人たちは自覚がないので、そういうことを当たり前のように口にしたり、冗談やネタとして発言することもありますが、そもそも自分をとても損なう行為であるという認識が足りないのです。

かつては私自身もそうでしたが、意識的に治すことで乗り越えてきた課題です。

日本人に自己否定的な人が多い理由の一つは、日本人が元来生真面目で、「べきべき」「ねばならない」という規範意識が過度に強い文化であることが挙げられます。

「感情の起伏があってはならない」のような非現実的で非人間的な理想を掲げ、そうできない自分は親や周囲から否定される。そして「自分はダメな奴」「自分は至らない奴」という自己否定が刷り込まれていくのです。

言うまでもなく、自己否定のエネルギーは本来の自分のものではありません。養育過程の中で刷り込まれた後付けのものです。

エゴが強い文化

  • 自己嫌悪
  • 自己否定
  • 自責
  • 自己批判

これらはすべてエゴのものです。本来の人間のものではありません。

生きてくる過程の中で身に着けてしまった「エゴの防衛機能」の一種で、これをすることによって、何かしらのメリットを得ているのです。そこに気づいて意識的に修正していかない限り、自然に治らないものです。

日本には昔から切腹や特攻隊など、自分の身体や命を粗末に扱って「面目を保つ」という文化があります。自死(自殺)とはエゴの最たるもので、つまりは自分で自分の存在を勝手に抹消してしまうという、宇宙の本質とは根本的に相いれない行為です。

その証拠に、自殺する動物は人間以外にはいません。

自分を大切にできない、自分を粗末に扱う、自分を悪し様に言うのは純粋にエゴです。そうすることで自分を守っているのですが、多くの方はこのことに自覚も認識もないのです。

私は、日本には屈折していて卑屈で、抑圧的な人がとても多いと感じています。もちろん中にはそうでない方もいらっしゃいますが、割合としてはとても少ない。

  • 本当は嫌でも「平気だよ」という
  • やりたくないことでも我慢してやる
  • 怒っているのに起こっていないフリをする
  • 本当は不平や不満があるのに「ありがたい」と言い聞かせる

自分の感情や気持ちや感じ方を否定して、「理想の仮面」をかぶってやり過ごす。そうしているうちに「本当の自分」を見失い、エネルギーが捻じれていく。屈折して攻撃的(嫌味や皮肉を含む)な性格となり、素直で真っすぐな人を批判するようになるのです。

素直で真っすぐで純粋な人は一緒にいて心地いいし楽しいです。屈折している人と一緒にいることはストレスが多いので、長い時間を共に過ごすことはできませんし、プライベートでは関わり合いになりたくありません。

自分との関係が悪い

たとえ冗談でも、自分を貶めるような発言をしている限り、自分自身との関係が良くなることはないでしょう。

自分自身と折り合いがつけられない、自分自身と良い関係が築けなければ、人生は地獄です。なぜなら、人生の主人公は自分だからで、その自分と仲が悪ければ、人生はそれを反映したものにならざるを得ないからです。

自分自身との関係が悪いままに、他者から承認を得ようと迎合したり合わせたり、自分を犠牲にしてまで他者のために尽くしたりすることは、自分に対する冒涜です。

もしも幸せな人生を送りたいと思うのであれば、自分を大切に扱うことを学び直す必要があります。

健全な自尊心を育むこと、自己愛を育むことに関しては、ずっと発信し続けている通りです。詳細はE-Bookにまとめていますので、興味がある方はご利用ください。

孤独死との関係

余談ですが、近年日本でクローズアップされてきている社会問題の一つの孤独死があります。

何等かのきっかけで社会から断絶し、いつの間にかひっそりと亡くなり、かなり経過してから発見されるケースが後を絶たないそうです。多くのケースが病死らしいですが、凍死や餓死もかなりあるそうです。

現代社会に生きる私たちにとっては他人事ではない出来事かもしれませんが、それでも私はこういうニュースを読んだときに、「本当に!?」と思ってしまうのです。

暖房器具も毛布すらもなく凍死してしまうケースはもちろんあるだろうけれど、そうなってしまうまで「自分の世話をすることを放棄した」責任は、他の誰でもなく自分にあるからです。

健全な自尊心と自己愛がある人間であれば、そこまでひどくなるまでに、キチンと自分のケアを行います。自分で何とかすることもあれば誰かに頼ることもある。いずれにしても、自分が凍死するまで放置することはないのです。これはある意味「生きることを放棄した」末の消極的な自死の一種と言えると思います。

つまり、日本で今急増している孤独死の何割かは、「積極的に生きることを放棄した末の自殺の一種」であるということ。積極的な自死ほどではないにせよ、人生を投げてしまった結果、自分で自分を見捨ててしまった結果なのです。

結局のところ、人間は自分が生きたように死ぬのです。

どんな生き方をするかは完全に個人の自由だし、自分の責任なのです。

粘り強く自分を大切にして愛するのも生き方の一つ、途中で人生と自分を放り出してしまうのも生き方の一つ。どれが正解で正しいというものはなく、あるのはただ選択と、それに付随する結果だけです。

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1973年長野県生まれ。約20年に渡り5か国に暮らしながら心理学、形而上学、精神世界を学び実践してきた。2018年に自身の経験をシェアしたブログを開設。現在は国内外のアセンションのプロセスにある人たち、自分らしく生きたいオールドソウルたちの個性化のプロセスをサポートしている。

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