ロイヤル・ファミリー騒動の本質

以前から少し書いてきましたが、イギリスと日本で起こっているロイヤル・ファミリーを巡る騒動を、私は大変興味深く観察しています。

テレビや新聞は見ないので詳しいことは知りませんが、ネットのニュースで垣間見る限り、両国で起こっている騒動の本質は同じであると考えています。

私個人はロイヤル・ファミリーというもの自体がいずれ消滅すると考えているので、今起こっている騒動はある意味既定路線であると考えています。

今すぐに消滅するという意味ではなく、「長い時を経ていずれは消滅していく運命にある」という意味です。

日本にもかつては貴族や華族、そして士農工商という身分制度がありましたが、時の流れとともに廃止されてきました。長らく続いた皇室も、いずれは廃止されるのが新しい時代の流れだと思います。

この記事では、ざっくばらんに私が見ている「ロイヤル・ファミリー騒動」について書きたいと思います。

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皇室に投影される理想像

二つのロイヤル・ファミリー(イギリスと日本)を巡る騒動にはいくつかの共通点があります。

  • 皇族のメンバーの結婚を発端として騒動が起こったこと
  • 「結婚相手」に問題があるという体になっていること(国民や他の皇室メンバーから批判がある)
  • 騒動をきっかけとして皇室にまつわる様々な問題が表沙汰になる、炙り出されていること
  • 皇族本人にも批判の矛先が向かっていること
  • 騒動の本質は、「皇族とはこうであるべき」なのに「そうではない現実」に対する国民の失望と苛立ちであること

いつの時代にもロイヤル・ファミリーの結婚は世界の注目の的で、ヨーロッパにはモナコ公妃グレース・ケリーなどの女優や、外国人と結婚した皇族も昔から多く存在しています。

今回の騒動でも、イギリスと日本で起こっている騒動は、「皇族の結婚」にまつわることです。

以前も記事に書いたことですが、私たち人間は、「ロイヤル・ファミリー」に自分の「理想像」を求めています。

庶民は「普通の人間」だけれども、せめて皇族にだけは「完璧」であって欲しい。「理想の人間」であって欲しい。理性と分別と思いやりを兼ねそろえ、聡明で賢明で、国民のお手本である人であって欲しいと、一方的で身勝手な理想像を押し付け、それを演じてくれることを期待しているのです。

特に真面目な日本の皇族方は、本当に一生懸命にその期待に応えてきていると私は思います。

それがロイヤル・ファミリーに生まれた者の宿命と言えばそうですが、ずいぶんと身勝手な宿命を背負わせているものだと思いもするのです。

創られたイメージ

今のように「上品で高潔」なイメージをを持った皇室は第二次世界大戦後に「人為的に創られた」皇室像であり、比較的近年できたものだといえます。

世界のロイヤル・ファミリーは必ずしもそんなに「立派」ではないし、日本も歴史をさかのぼってひも解けば、「ヤンチャ」な天皇や皇族は大勢存在していました。日本にはかつて、「殺人」を犯して失脚した天皇 までいたのです。それが表沙汰にならないように、周りが取り繕って隠してきただけです。

こうした事実を見ただけでも、今の日本国民が「皇室に求めているある種のイメージ」は、人為的に創られてお仕着せられたものであることは明らかでしょう。

今、イギリスと日本のロイヤル・ファミリーでは、「国民が持つロイヤル・ファミリーのイメージ」を根底から覆すようなセンセーショナルな出来事が起こっています。「国民が持つロイヤル・ファミリーのイメージ」とはつまり、「皇室・皇族とはかくあるべき」という規範意識と理想像のことです。

私は、一連の騒動はその意識を突き崩すために起こっていると考えているのです。一種のパラダイムシフトです。

内面の分裂を皇族に投影する

日本において眞子さまが体現されているのは「皇族だって普通の人」という歴然たる真実であり、それを受け入れられないのは国民の方だと言えるでしょう。イギリスのヘンリー王子も、本質的には同じことを体現しています。

自分自身の内面が分裂していて人格が統合できていない人は、眞子さまや皇室やヘンリー王子夫妻に自分の内面の分裂を投影します。反対に、内面の統合がある程度進んでいて、人格に全体性がある人であればあるほど、「ありのままの人間としての皇族」を受け入れ理解していると感じます。

分裂が統合できていない人は、「べきべき」「ねばらない」規範意識で眞子さまや小室さんやヘンリー王子を裁くでしょう。私たち人間は、自分を受けれた分しか、他者を受け入れることもできないからです。

ネットのニュースや記事を読んでいると、平成に移行した際の美智子さまの言動と今の眞子さまの言動を比較して、眞子さまを批判しているものもありました。しかし、美智子さまと眞子さまはもともと別の人格を持った別の人物です。同じ皇族だからと言って、比較して議論すること自体が大変不適切でしょう。

同様の比較記事は、イギリス王室についてもありました。

皇室内部から出てきた変化

私が今回の眞子さまの結婚を巡る騒動に関して非常に興味深いと感じていることは、眞子さまやヘンリー王子がもともとロイヤル・ファミリーの出自であることです。つまり、両者ともに生粋のお姫様と王子様なのです。

出自が皇室ということは、美智子さまや雅子さまのように民間でお生まれになって、ある程度人生を過ごした後に皇族へ入った方とは明らかに違います。もともと民間を知らないままに大人になっている方々なのです。

美智子さまが民間人としては初めて皇室入りをしたときに、数々の新しい変化がもたらされました。しかし、日本の皇室の旧態依然とした閉鎖性は変わることなく、美智子さまは大変なご苦労をなさったと漏れ伝わっています。

元外交官の雅子さまが皇室入りした際にも、これで日本の皇室がもっと開かれた新しいものになるのではと、多くの国民が期待しましたが、今に至るまでそのような変化はもたらされていません

それどころか、雅子さまは適応障害を患われて長期間に渡る療養を余儀なくされ、外国とのお付き合いもままならないという、なんとも皮肉な結果となってしまったのです。雅子さまの個性や長所が、皇室の特殊性よってに潰されてしまったのです。

ところが、今皇室の尊厳が失墜しそうな勢いで国中をゆるがしているのは、民間の出自ではない眞子さま(母親は民間出身)なのです。私には、美智子さま、雅子さまと繋がれた新しい風の息吹が眞子さまを通して表に出てこようとしているように思えてならないのです。

皇室のことだけではなく、何事も、ただ長く続けば良いというものではありません。伝統にも価値はありますが、変化することにも同じように価値があるのです。

皇族が、お行儀よく上品にほほ笑んだ家族写真を毎年公表するのは、それが彼らの「仕事」だからです。演じているだけです。その演技を見て、「なごむ」とか「素晴らしい」と喜ぶのが国民です。

そろそろ茶番は終わりにしてもいい。

本当は、タンクトップを着て踊りたい、男の子とデートしたりキスしたりしたい、どんな変な人であっても、好きな人と結婚したい

皇族も、そういう「普通さ」を当たり前にもっている普通の人たちなのです。

皇室の人たちが、自分を偽ることなくのびのびと自分らしい生き方と人生の選択ができるようになる日を、私は密かに待ち望んでいます。

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1973年長野県生まれ。約20年に渡り5か国に暮らしながら心理学、形而上学、精神世界を学び実践してきた。2018年に自身の経験をシェアしたブログを開設。現在は国内外のアセンションのプロセスにある人たち、自分らしく生きたいオールドソウルたちの個性化のプロセスをサポートしている。

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