【保存版】義務感と罪悪感の正体

義務感と罪悪感は、自分に正直に生きていないときにだけ生じるエネルギーです。その真意を以下に解説していきます。

自分の意志は完全に自由

一番基本的な部分において、私たちは完全に自由です。

世の中の規範意識(べきべき、ねばならない)に雁字搦めになり、「周りに気を使わなければ」「迷惑をかけてはならない」と刷り込まれていたり条件付けされていたりするるために、自分にとって最適な選択をすることに「後ろめたさ」を感じるようになっているだけです。

多くの人が口にする「罪悪感」とはこの「後ろめたさ」のことで、その根底には「義務感」があります。この義務感は、日本では特に強い規範意識(べきべき、ねばならない)から来るものです。

例えば、仕事中に具合が悪くなり家に帰って身体を休ませたいと思えば、そうする自由が私たちにはあります。

けれど、私が知る限り日本の多くの人たちは、「周り(会社)に迷惑をかけるから」と言って体調不良を我慢して仕事をし続けることを選びます

その根底には「周りに迷惑をかけてはいけない」という規範意識と、それに根差した義務感、自分を大切にすることへの罪悪感(後ろめたさ)があるのです。

すると「ちょっとしたことでもすぐ休む人」に対して不満が生じたり、「アイツだけ休むなんて許せん!」という僻みが生じてきます。自分がやりたくてもやらずに我慢していることをやっている人を見ると、許せないと感じるのが人間だからです。

本当は自分もそうすればいいのだけれど、自分でそうしないことを自分で選んでいるという意識が足りないし、「人は人、自分は自分」という切り分けもできていない状態です。

規範意識を手放して自分を大切にする権利を実行する

周りへの遠慮や恐れ(罪悪感)から自分を大切にする行動がとれない場合、まずは自分の中に刷り込まれている規範意識をしっかりと認識し、手放す作業が必要です。

「手放す」とは、信じるのを止めるという意味です。

  • たとえ周りに少し迷惑をかけても自分の休息を優先する
  • 自分がやりたくないことはやらない。たとえそれが相手をがっかりさせることとなっても
  • 聞きたくない話は聞かない
  • 勧められても要らないものはもらわない、食べたくないものはたべない、飲みたくないものは飲まない
  • 頼まれてもやりたくなければ断る

すぐにできるようになるわけではありませんが、日々の生活の中でできるところから訓練していくことによって罪悪感のブロックは解消されていきます。そして自分らしく振舞うことができるようになることで、相手の自由も尊重できる人へと変化していきます。

義務感と罪悪感の正体

世間体や周りの目を気にして「自分に正直でない選択」をしたときにだけ、あるいは相手の気持ちを慮って迎合していたり、本当はやりたくないことをやっているときに生じるのが「義務感」です。

義務感に従って生きている限り、人は幸せにはなれません。「立派な人」を演じて周りからは良く思われるかもしれませんが、心は満たされません。

私たち人間が幸せを実感できるのは、自分に正直にやりたいことをまっすぐにできているときです。

  • 具合が悪いときに休めること
  • 自分の気持ちを大切にできること
  • 自分がやりたいことをのびのびとできること
  • 周りにそれを応援してくれる人がいること

こういう状況で私たちは自分でいることの歓びを実感し、自然と感謝の念が湧き上がります。それを「幸せ」と呼ぶのです。

感謝することを強要されたり、義務感から感謝したフリをしていても、本物の感謝は湧き上がりません。そこにあるのは罪悪感だけで、この罪悪感の正体は何かと言えば、自分に正直にならなかったことに対する後悔の念なのです。

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プロフィール

1973年長野県生まれ。約20年に渡り5か国に暮らしながら心理学、形而上学、精神世界を学び実践してきた。2018年に自身の経験をシェアしたブログを開設。現在は国内外のアセンションのプロセスにある人たち、自分らしく生きたいオールドソウルたちの個性化のプロセスをサポートしている。

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