「本当の謝罪」は自分の責任を負うこと

今日、ネットでこんな記事を読みました。

「謝らない謝罪」が日本で蔓延している

今の日本には「謝らない謝罪」が増えている。「申し訳ありませんでした」と言葉を使ってはいるものの、その実態は「自分の責任」を負う事なく巧妙に相手に責任を転嫁したものだという指摘です。

本当にまったくその通りだと思います。

もうずっと以前から、日本には「言葉遊び」や「言葉ゲーム」が蔓延していると感じていましたが、要はこういうことなのです。

言葉は大変便利で、こんな風に巧に自分の責任を相手に擦り付けて平然としている人たちが後を絶ちません。そしてその多くは、市区町村を始めとする国家行政に携わる人たちなのです。

民間でも人の上に立っている組織の上層部の人たちは、とにかく「責任を負おうとしない」人が目立ちます。特に男の人に顕著です。

参考の記事でも書かれていたように、「謝罪」とは、自分のしたこと(行為)の責任をまっすぐに認めることを意味します。

「私がしたことで被害が出たことに関し、お詫びいたします。誠に申し訳ありませんでした」

これが謝罪です。

でも、「あぁ、私にはそういう意図はまるでなかったんだけど、あなたがそう受け取ってしまったのなら、言い方に問題があったのかもしれませんね。すみませんでした」は謝罪ではなくて単なる責任転嫁です。

つまり、「私はそんなことはしていないけれども、あなたがそう受け取ったんですよね」と言っているだけ。

自分がしたことをまっすぐに認めようとせず、あぁだこうだと屁理屈をこねて言い逃れする様は真に見苦しい。

私個人は、相手の行為が私に害を及ぼしている状況を決して容認しません。「やめてください」と要求します。それで済めば、あるいはもう付き合わなければ済む場合には問題ありません。

でも、もしも相手がしらばっくれて開き直るようなことがあれば(行為を止めようとしなければ)、責任を追及して謝罪を要求します。

なぜ謝罪を要求するのかと言えば、そうでなければ相手は「自分がしたことは相手に害を及ぼす行為なのだ」と反省することがなく、また平然と同じ行為を繰り返すからです。

私はそのような状況が自分に生じることを容認しませんから、相手の態度が改まらないのであれば、しかるべき措置を講じることを躊躇しません。

それが私側の責任(自分で自分を守る責任)だからです。

自分の責任を自分で負い、相手の責任は相手へ返す。

自分を守る責任は自分で負い、もしも無知や経験不足から失敗してしまったら、まっすぐに責任を負って謝罪して次からは気をつける。

そして、心からの謝罪をしたとしても、相手が必ずしも許してくれるとは限らないことを弁えておくこと。

それが自立した人の在り方です。

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1973年長野県生まれ。約20年に渡り5か国に暮らしながら心理学、形而上学、精神世界を学び実践してきた。2018年に自身の経験をシェアしたブログを開設。現在は国内外のアセンションのプロセスにある人たち、自分らしく生きたいオールドソウルたちの個性化のプロセスをサポートしている。

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