【散文】私がひろゆき氏に抱く根本的違和感

ひろゆきこと西村博之氏は今や「時代の寵児」と呼ばれ、日本では絶大な影響力を持つ人と認識されているように思います。

私は堀江貴文氏と一つ違いでひろゆき氏とも同年代であることから、彼らのような「インターネット黎明期」に活躍した人たちのことはリアルタイムで見てきた経緯があります。

私はずっと、ひろゆき氏に対していわく言い難い違和感を覚え続けて来ました。

最近になってどこがどうしっくりこないのか言語化できるようになってきたので、あまりこの手の記事を書かない私ではありますが、今回は少し書いてみようと思います。

私がひろゆき氏に対して覚える違和感は、彼の議論の「薄っぺらさ」に起因するものだと思います。

彼はだた単に「議論したいだけ」で、その理論は「マインドの域を出ない(思考の枠組みの中だけの)言葉遊び」に過ぎません。マインド(思考の枠組み)の外にある真理や物事の本質を突いているわけではないので、どこか「ズレている」感がぬぐえないのです。

これが私が抱いている根本的な違和感の主の要因です。

以前は過激なタイトルに惹かれて彼のインタビューや記事を読んだり動画を観たりしたものですが、何度読んでも、観ても、議論の内容が拙(つたな)すぎて途中で興ざめして最後まで読めた試し、観れた試しがありませんでした。

彼の言葉には重みがない。だから心に響かない

それは、ひろゆき氏が物事の本質を捉えることなく、単に議論のための議論に終始している(屁理屈をこねている)だけだからだと思います。彼の議論は基本いつも「反論」なんです。相手の土俵(思考の枠組み)の範囲内での「言い返し」。子供っぽい。

日本の大勢の人たちは、彼の議論の「すわりの悪さ」が気にならないのかしら?

この国にももう少し骨のある「言葉をしっかり使う人」が出て来てもいいのになと思います。

ちなみに堀江貴文氏は明らかに「思考の枠組みを打破」している人ですよね。ガチガチに凝り固まった頭で考えた質問を受けて、「だからぁ、そもそもその質問自体が古いの!」とぶった切ってマインドの外側にある視点を示す様を見ていると、「インディゴだなぁ、この人」と思います。

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1973年長野県生まれ。約20年に渡り5か国に暮らしながら心理学、形而上学、精神世界を学び実践してきた。2018年に自身の経験をシェアしたブログを開設。現在は国内外のアセンションのプロセスにある人たち、自分らしく生きたいオールドソウルたちの個性化のプロセスをサポートしている。

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