「親しき仲にも礼儀あり」という言葉の意味と実践

今の時代に「言葉の定義」がしっかりとできていないと、解釈や意味を取り違えて苦しんだり、またあらぬ方向へ向かって進んでいってしまったりします。

そういうことを減らすためにも、私はこのブログの中ではとくに「言葉の定義」に力を入れてきました。

「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があります。

あまり親しみが過ぎて遠慮がなくなると不和のもとになるから、親しい間柄でも礼儀を重んじるべきであるということ。

デジタル大辞泉

さらに言うと。

親しき中に垣をせよ。

コトバンク

と同義であると書かれています。

ここで言われる垣(かき)とは、私が当ブログの中で再三に渡り解説したりコースを設けて啓蒙し続けている「境界線(自分と他者との垣根)」のことなんです。

参考資料:

この記事では、「親しき仲にも礼儀あり」の定義・解釈およびその実践について詳しく解説していきたいと思います。

親しき仲とは

ここで言われる「親しき仲」とは、主としては親子、家族、夫婦、恋人、師弟、など、心理的距離が他と比べて近くなりがちな関係性で捉えられます。

「親しき仲であっても、相手は自分ではないという意識上の垣根をしっかりと持って接しなさいよ」という意味なのですが、それは具体的にはどういうことを指すのでしょうか?

自分のエゴに気づく

しばらく前にネットである女性のインタビュー記事を読みました。

この人は長年ある職業で開業してきたけれど数年前に震災にあい、別の土地へ避難せざるを得なくなったそうです。何年か前にようやく地元へ戻り、ゼロから自分の店を立て直し始めた。最近では地元へ戻ってくる人たちも増え始め、ようやく店をやっていく目途が立ち始めたとのことでした。

この人が今の地点へたどり着くまでに、数々の困難や一筋縄ではいかない感情があったそうです。それらを乗り越えて少しでも自信を回復したのですから、素晴らしいことだと思いました。

問題はここからです。

「この店を、なんとかして娘たちに継いでもらいたい」と彼女は言います。ここまで自分の手で作り上げた店を、後世につないでいってもらいたいと願うのは、親のエゴなのか?と自問する時があるというのです。

結論から言ってしまえば、「その願い」はこの人のエゴ以外の何物でもありません。

この人の人生がどんなものであったか、この人にとっての店がどれほど意味のあるものであったかは、娘たちの人生とは関係ない別ものだからです。

娘には娘の別な人生があるのですから。

自分の人生を娘に継いでもらいたいと思うこと自体は、百歩譲って仕方ないとしても、それを言葉にして娘たちに伝えてはならないのです。

それが「親しき仲にも礼儀あり」ということです。

いくら自分の娘と言えどもまったく別の人格、別の人生である娘たちに、自分の人生を継いでくれとせがむことは厳に慎むべきだし、言ってすらもならないと私は考えます。

なぜなら、もしも娘たちが心優しい人たちであれば、親の言葉を聞けば罪悪感に苛まれてしまうからです。

本当に子供を一つの人格として尊重して愛している親であれば、彼らに罪悪感を植え付けたり苦しませたりしたくないと思うものです。

もしも娘たちが自主的に自らの意志で「母の仕事を継ぎたい」と思い実行するのであれば、それは娘たちが自分で選んだこととして尊重すればよいのです。

けれどもそうでない限り、親が自分から子供たちの人生の選択について「お願い」することは、明らかな越権行為として慎まなくてはならないことです。

師による弟子に対する越権行為

師弟関係では、師による弟子に対する越権行為が頻繁に行われています。

ずっと以前、まだ私が30代だった頃、私には「先生」と慕っていた方がいらっしゃいました。

私が3つめのタトゥーを入れる際に、その人からこんなことを言われたのです。

「人の目に触れる場所にタトゥーを入れると、人の何倍も努力しないと幸せになれなくなるから止めろ」

これを言われたときに、私は正直ショックでした。そして、しばらく一人になってじっくりと考え込んでしまったのです。

その時、私が下した結論は以下の通りでした:

「先生はあぁ言うけど、アレは先生の考えなんだ。私の考えじゃない。先生にとってアレは真実かもしれないけれど、私にとって真実である必要はない、私はやっぱり自分の入れたい場所に入れる」

今から振り返ってみても、この時に私が下した決断は正しいものでした。たとえ自分が尊敬している人であっても、私の自由意志に介入して私の行動を支配する権利は与えない、それが私という人の本質だからです。

いかに心理的距離が近い師弟であっても、師が自分の立場で弟子の自由意志に介入してアレコレと指図することがあってはなりません。

それが「親しき仲にも礼儀あり」ということです。

もしも弟子が何か致命的な間違いを犯そうとしているとか、人の道に外れたことをしようとしていることを諫めるのは目上の者の役目です。

しかしそうではない些末なことにおいて、弟子の自由意志に師が介入するようなことがあってはなりません。

ですから、かつて孔子はこう言いました。

「師のいう事に従うあまり、己に忠実になることを忘れてはならない。常に己に忠実でありなさい」

現代における多くの人は、「自分の師に対して忠を尽くしなさい」という風に孔子の言葉を介していますが、逆です。孔子という人は、師が自分の立場を利用して弟子たちを思い通りに支配しようとするエゴを早い段階から見抜いていました。

だからこそ、「師にではなく、己に忠実であれ」と説いたのです。

他者を束縛してもいいと思っている傲慢

最近ある若い人から、「恋人と友達との違いは、友達は束縛できないけど、恋人は束縛できること」と聞きました。

言うまでもないことですが、そのような思い違いは実際の人間関係では通用しません。

「親しき仲にも礼儀あり」とは、恋人でも友人でも、相手は自分を満たすために存在しているわけではないという歴然たる事実を受け入れ、意識上の垣根をしっかりと引いた上で、自分で自分を満たすことに注力することです。

どれほど距離が近い関係であっても、そこには侵害してはならない神聖な領域があることをしかと理解して実践する。

それが人間関係を健全かつ良好に保つための必須要件なのです。

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